ECサイトで「ステーブルコインで支払う」。そんな選択肢が当たり前になる日は、来るのでしょうか。
ここ数日、「ステーブルコイン」という言葉をニュースでよく見かけます。ローソンが店頭での日本円ステーブルコイン決済の実証を始める。JCBが訪日客向けに店舗でのステーブルコイン決済の提供を開始する。ネットスターズが店舗向けのステーブルコイン決済サービスを始める。ほんの数日のあいだに、こうした発表が続きました。
同時に、先週(2026年7月13日〜14日)、東京では「WebX」というステーブルコインやブロックチェーン、暗号資産に関する国内最大級のカンファレンスが開催されました。私も行く機会を得ることができたので、2日間参加してきました。
この記事は、WebXに行って学んだことを、自分なりに整理してみたものです。特に、私は普段からECサイトにおけるクレジットカード決済に関わっているため、「ステーブルコインは、ECサイトでの“日常の買い物”に使われるようになっていくのか」というテーマに絞って書いてみたいと思います。
なお、この記事はまだステーブルコイン等に詳しくないEC担当者の方などが理解をする足がかりになれば、ということを意識しているため、分かりやすさを優先しています。有識者の方からすると、正確さに欠けると感じられる表現があるかもしれません。もし、誤りや違う見方があれば、ご指摘いただけると嬉しいです。
そもそも「ステーブルコイン」って何?
ものすごく簡単に言うと、「1コイン=1円」のように、価値が円と連動した“デジタルのお金”と言えると思います。
ステーブルコインには色んな種類があって、たとえば日本の「JPYC」というステーブルコインは、つねに「1JPYC=1円」。1万円分を持っていれば、その価値は変わらず、1万円のままです。当たり前のように思うかも知れませんが、価値が動かないように作られているので、支払いに使っても受け取った側が後で損するようなことがありません。(ステーブルコイン以外の暗号資産は、一般的に価値が変動します)

ステーブルコインのメリットと、日常の買い物との関わり
ステーブルコインはどんなメリットがあるのでしょうか。WebXにおいてステーブルコインについて噛み砕いて説明してくださったある登壇者の方は、そのメリットを以下のようにおっしゃっていました。
①速い=送金が即時できる
②安い=手数料が安い
③便利=プログラマブル(プログラムで自動化できる)、24時間使える
牛丼のキャッチコピーみたいで覚えやすいですね。
ですが、これらのメリットは、私たちが日々ECサイトで買い物をする場面において関係ある話なのでしょうか。これは、お店(お金を受け取る側)と購入者(お金を払う側)で、話が変わってくる、と考えています。
一つずつ見ていきたいと思います。
①速い
送金が即時できる、というのは、ECサイト(お店)の売上を従来の決済手段よりも早く受け取れるという話です。
決済には、お客さんが「払う」瞬間と、そのお金がお店に「届く」までの、2つのタイミングがあります。
払う瞬間の速さは、今のカードやQRコード決済でも十分です。カートで購入ボタンを押せば、支払い自体は一瞬で終わります。だから、購入者から見れば、あまり困っているポイントでもないです。
問題は、そのお金が実際にお店の口座に入るまでの時間です。カード決済なら、お客さんが買ってから、お店に振り込まれるのは早くても数日後、場合によっては1か月以上先になります。この間、お店は「売れたのにお金は入っていない」状態を抱えます。

ステーブルコインは、ここが変わる可能性があります。お客さんが払ったお金が、間に何日もかからず、早く届く。資金繰りを気にする事業者にとっては、意味のある違いになりそうです。
②安い
手数料が安い、というのは、ECサイト(お店)の売上から引かれる手数料が従来の決済手段より少なくなるという話です。
カード決済には、お店が支払う手数料がかかります。売上の数%が、決済のたびに差し引かれる。多くのEC事業者にとって、無視できないコストです。
ステーブルコインは、この手数料を抑えられる可能性がある、と言われています。間に入る事業者の数が少なくなるためです。
これも購入者から見れば直接的には関係ない話ですが、その利益分をお客様向けのサービスに還元してくれれば購入者の目線でも少しメリットがあるかもしれません。
ただし、お店が受け取るのはあくまでステーブルコインなので、それを日本円に換える手間やコストが、別途かかる場合があります。「手数料が安くなった」と思っても、円に戻すところで相殺されては意味がありません。
この「円に戻す手間」については、記事の最後にあらためて触れます。
③便利
これについては、ECやお店での決済シーンにおいては、現状ではそこまで具体的なメリットは見当たりません。将来的には、AIエージェントによる購入などの場面で意味が出てくるかもしれませんが、今日この記事ではそこには触れません。
また、カード決済との比較では以下のような違いもあります。
④「決済が通らない」が起きない
これは、意外と見落とされがちな違いです。
カード決済では、お客さんが買おうとしても、決済が通らないことがあります。カードの利用限度額を超えていたり、不正利用を疑われて止められたり(オーソリNG)、そもそもカードを持てない人もいます。お店からすると、買う気のあるお客さんが、決済ではじかれて買えなかった、という取りこぼしが起きます。
ステーブルコインは、お客さんがあらかじめチャージ(JPYCでは「発行」と呼ばれます)した分を使う仕組みです。手元にある分を払うだけなので、「審査で落ちる」「限度額で止まる」ということが、基本的に起きません。
もっとも、これは「事前に用意した分しか使えない」という制約の裏返しでもあります。カードのように「今は手元にないけれど、後払いで買う」ことはできません。
⑤チャージバックがない
これも、お店にとっては大きな話です。
カード決済には「チャージバック」という仕組みがあります。お客さんが「このカード利用は不正だ」と申し立てると、お店に入ったはずのお金が、あとから取り消される。不正利用の被害を受けたお店が、商品も代金も失う、ということが起こりえます。
ステーブルコインの支払いは、一度成立すると、あとから取り消せません。お店から見れば、「お金を受け取ったのに、あとで取り消される」という心配がなくなります。
日常の買い物でステーブルコインが使われるようになるには?
前の章では、ステーブルコインのメリットが、日常の買い物に関係するのか?を見てきました。結論として、お店の立場では、意外とメリットがある、ということが分かりました。
では、近い未来に、ステーブルコインでの決済が日常的に行われるようになるのでしょうか。多くのECサイトでステーブルコインでの決済ができるような時代が、すぐに訪れるのでしょうか。
私の肌感覚では、まだそこに至るまでには時間がかかりそうだなと感じました。なぜかと言えば、お金を「払う」購入者の側に、使う理由がまだ見あたらないから、というのが私の見方です。どんなにお店が受け入れたくても、お客さんが使ってくれなければ、決済手段としては広がりません。
お客さんの目線で考えてみましょう。
理由① 円で、まったく困っていない
いちばん大きいのは、これではないでしょうか。
私たちはすでに、現金、クレジットカード、QRコード決済と、便利な支払い手段をいくつも持っています。ECサイトでも、支払いに困る場面はほとんどありません。
新しい決済手段が広まるのは、今の手段では困っていることを解決してくれるときです。でも、ステーブルコインは、お客さんが日々の買い物で感じている不便を、今のところ特に解決してくれません。便利なものがすでに足りている場所に、新しいものはなかなか入っていけない。
理由② 「使ってみよう」と思わせる“お得さ”がない
思い出してほしいのが、PayPayが一気に広まったときのことです。
あれは、便利だから広まったというより、大規模な還元キャンペーンがあったからでした。支払った金額の何割かが戻ってくる。その強いお得さが、多くの人に「まず使ってみよう」と思わせた。
新しい決済手段が、慣れ親しんだ手段を乗り越えて使われるには、それくらいの動機が要ります。今のステーブルコインには、消費者にそう思わせるお得さが、まだありません。「なんとなく新しいから」だけでは、人はわざわざ支払い方法を変えないものだと思います。
理由③ 使い始めるまでが、とにかく面倒
これは、私自身が体験して感じたことです。
PayPayや楽天ペイなら、アプリを入れて、銀行口座やカードを登録すれば、数分で使い始められます。ところがステーブルコインは、そう簡単ではありませんでした。専用の口座(ウォレット)を用意し、本人確認を済ませ、お金をステーブルコインに換える(チャージする)手続きが必要です。この一連の作業が、慣れていないと、どこで何をすればいいのか分かりにくい。実際に自分でやってみて、かなり手こずりました。
使い始めるまでのハードルが高いのは、日常の道具として広まるうえで、大きな壁になります。
理由④ 「取り消せない」は、お客さんにとっては不安
前の章で、ステーブルコインの支払いは取り消せないので、お店にとってはチャージバックの心配がなく安心だ、と書きました。
これをお客さんの側から見ると、意味が正反対になります。
クレジットカードには、不正に使われても、申し立てれば取り消してもらえる、という安心の仕組みがあります。だからこそ、私たちは安心してカード番号を入力できる。ところがステーブルコインの支払いは、一度払ったら取り消せません。詐欺にあっても、間違えて送ってしまっても、そのお金は基本的に戻ってこない。
お店にとっての「安心(取り消されない)」は、お客さんにとっては「不安(守られない)」の裏返しです。払う側からすると、これは小さな問題ではありません。払う側の目線で並べてみると、はっきりしてきます。お店には受け入れる理由がいくつかあっても、お客さんには、今の便利な手段を捨ててまで乗り換える理由が、まだ見あたらない。
まだステーブルコイン決済が日常で使われるまでに時間がかかりそうだなと思ったのは、こういった理由からです。
まとめ:いつかは日常になる、でも「いきなり」ではない
ステーブルコインは、お金を受け取るお店の立場では、早く入金され、手数料を抑えられるかもしれず、決済の取りこぼしやチャージバックの心配もない。一方で、お金を払うお客さんの立場では、円で困っておらず、使うほどのお得さもなく、始めるのは面倒で、しかも「取り消せない」不安もある。
乗り換える理由が、まだ見あたりません。
冒頭で紹介したように、店舗やECでの決済に向けて動き始めている動きはあります。「もう日常に来る」と感じた方もいるかもしれません。でも実際に始まっているのは実証実験であって、私たちが当たり前に使う段階には、まだ時間がかかる。これが、WebXで学び、考えた末の私の見立てです。
では、永遠に広がらないのかというと、そうは思いません。いつかは広がる。ただし、いきなりではなく、段階を踏んで。というのが、いまの私の肌感覚です。
その「段階」のカギを握るのが、前半で少し触れた話です。
お店がステーブルコインを受け取っても、いまは使い道が少ないので、結局それを円に戻すしかありません。この「円に戻す手間」があるうちは、お店にとってのメリットも半減します。
でも、もしステーブルコインで支払える場所が少しずつ増えていったら、どうでしょう。お店は、受け取ったステーブルコインを、仕入れや別の支払いにそのまま回せるようになる。私たちが「円」をいちいち何かに換えず、そのまま使い回しているのと同じように、ステーブルコインも世の中を循環し始めます。そうなれば「円に戻す」という発想そのものが薄れ、お店のメリットがはっきりしてくる。
ここには、ニワトリと卵のような関係があります。使える場所が増えないと便利にならない。でも、便利にならないと使う人も店も増えない。
だからこそ、いま各社が進めている実証実験には意味がある、と私は思っています。誰かが最初の一歩を踏み出し、使える場所を少しずつ増やしていく。その積み重ねの先に、お得さや使いやすさが加わったとき、はじめてステーブルコインは、私たちの日常の買い物に入ってくる。
それが来年なのか、もっと先なのかは、まだ分かりません。ただ、そのきっかけとなる動きが、2026年のいま、確かに始まっている。WebXに参加して、私はそう感じました。
最後になりますが、この記事は、WebXで学んできた内容を整理してみたものです。私自身、まだ学びの途中にいます。もし説明に誤りや、違う見方があれば、ぜひ教えてください。この分野に興味を持つ方が一人でも増える、そのきっかけになれば幸いです。